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『大嫌いなサンドイッチ』の寓話に学ぶ、“選びぐせ”との付き合い方

心が軽くなる寓話

大嫌いなサンドイッチ

ここはアメリカ中西部のある建設現場。
昼食の時間を告げる笛が鳴ると、
労働者たちが一斉に弁当を食べ始めた。

サムは弁当の入った袋を開けると、
いつものように愚痴をこぼしだした。

「ちくしょう! またピーナッツバターとジャムのサンドイッチかよ。
 俺はピーナッツバターとジャムが大嫌いなんだ!」

サムは来る日も来る日も、
ピーナッツバターとジャムのサンドイッチに不平をこぼしていた。

何週間か過ぎた頃、
さすがの同僚たちもサムのいつもの口に我慢ができなくなった。

とうとう、一人の同僚がこう言った。

「いい加減にしろよ、サム。
そんなにピーナッツバターとジャムが嫌いなら、
奥さんに言って別のものを作ってもらえばいいだろうが」

「奥さんだと?」

サムは答えた。

「俺は独り者だぜ。弁当は自分で作ってらあ」

「どう行動するか」を選ぶのは自分

私たちも知らず知らずのうちに、
自分の嫌いな材料でサンドイッチを作り、
不満をこぼしながらそれを食べ続けていることはないでしょうか。

もちろん、現実のすべてが自分次第ではありません。
けれど「どう行動するか」を選ぶのは、
やっぱり自分です。

・嫌なパターンを繰り返していないか
・本当は別の選択肢があるのに“最初からないこと”にしていないか
・自分の現実を、知らずに自分で作ってしまっていないか

この寓話はそんな気づきを与えてくれます。

もしも、今の自分の人生に不平不満をこぼしているのなら、
次のようにしてみてはいかがでしょうか?

・他にどういう生き方や働き方があるのかを知る
・それぞれの生き方や働き方を実現するのに必要なルートを調べる
・自分にもっとも適したルートを選ぶ
・億劫がらずに勇気を持って一歩踏み出す

あなたの日常にも起きていない?

いつも同じことで嫌な気分になってしまうことはありませんか?

「またあの先輩に怒られた…」
「また同じミスをした…」
「また嫌な担当を引いてしまった…」

まるで避けられない運命のように感じますが、
そんな毎日の中に
自分で無意識に選んでしまっている“選びぐせ”
が混ざっていることがあります。

本当は別の選択肢があるのに、
“そんなの無理だよ”
と最初から諦めてしまっているだけかもしれません。

看護の現場に置き換えると…

看護の職場でも、この寓話のような場面はたくさんあります。

・嫌なプリセプターに毎回質問しにいってしまう
・怖い先輩に遠慮して報告が遅れ、また怒られる
・苦手な患者さんへの対応を、なぜか毎回自分が引き受けてしまう
・「無理だ」と思い込み、他の選択肢を最初から排除してしまう

けれど本当は——

・別の先輩に聞いてもいい
・同期に一言相談してもいい
・少し距離を置いて接してもいい
・業務の優先順位を少し変えてもいい

こうした“違う選び方”があるのに、
見えていなかっただけのことがあります。

これは、サムが毎日大嫌いなサンドイッチを作りながら、
「俺はこれが嫌いなんだ」と言い続けていた姿と同じです。

今日からできる小さな選び直し

いきなり大きく変える必要はありません。
まずは一つだけ、選び方を変えてみる。

・嫌な先輩ではなく、話しやすい先輩を選んで質問する
・どうしても無理なら、一度深呼吸して場を離れる
・同期に「ちょっと相談してもいい?」と声をかける
・報告のタイミングを一つだけ早める
・いつものパターンと“逆の行動”を一つだけ選んでみる

たったそれだけで、
いつもの“嫌なサンドイッチ”は少しずつ減っていきます。

まとめ

サムは毎日、自分で作った大嫌いなサンドイッチを食べながら、
「俺はこれが嫌いなんだ」と文句を言い続けていました。

でも、
中身を変えるという選択肢に気づいていなかっただけ

あなたの毎日の中にも、
気づいていないだけで“変えられる選択”がきっとあります。

どうか自分を責めずに、
できるところから少しだけ、
いつもの選び方を変えてみてください。

いかがでしょうか?
今日が少しでも軽くなるきっかけになれば幸いです。